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2024-04-27 (Sat)

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2010-02-13 (Sat) コラム

タバコのあれこれ

近況

 近年は自宅を除きほとんどの屋内で喫煙が禁止されている。僕が高校の頃から、5、6年の間で、その禁煙規則の浸透ぶりはめざましいものがある。

 最近の学生はタバコを吸わない。ときどき学部の建物を出たところで所在なく突っ立って吸っている人を見かけることもあるが、さぞかし肩身の狭い想いをしていることだろうなと思う。

 かくいう僕もタバコは吸わない。鼻が敏感で煙を吸うとぐずぐず言い始めることもあり、タバコの煙は遠慮願いたい。しかし、父親はなかなかのチェーンスモーカーで、一度ガン(肺ガンではない)になっておきながら復活してからまた吸い続けている。その根性を見ていると、世間から追い出されつつある愛煙家たちに同情したくもなるのだ。

タバコの是非

 タバコの是非は難しい。

 タバコは明らかに麻薬の亜種だし、健康に害を及ぼすこともわかっているが、それらも程度の問題だ。依存性があるとはいっても愛煙家がみな1日1箱以上というわけではない。理性的な判断を困難にするわけでもない。健康に関しては、1日5本程度ならガンに関しては問題ないという意見もある(参考:ブリンクマン指数)。個人が他人に迷惑をかけない範囲で喫煙することは禁止できない気がする。

 実際問題として、たばこ税が政府の重要な収入源になっていることを考えると、とても法的規制がされるとは思えない(4兆円くらいだったか)。巨大な産業でもある。

 ただ、依存性が高い未成年の喫煙などはきっちり禁止されているし、タスポの導入などはそのための対策だ。そして、近年一番問題視されているのは、二次喫煙とか受動喫煙とか言われる、タバコを吸わない人が喫煙者の隣で煙を吸ってしまうという問題だ。

分煙

 西洋ではかなり厳格に禁煙・分煙が進められているらしい。国によって差があり、イタリアが公共施設では全面禁煙なのに対してドイツでは要所要所に喫煙所が設けてあるとか。日本で拡がる嫌煙の風潮も、ヨーロッパの後追いと言うことができるだろう。

 分煙化を進める上で、喫煙者への一方的な排斥にはなってほしくないと思う。近年はだいぶ喫煙所の施設が整ってきた気がするが、要所要所に喫煙所を設けておく必要がある。身近に愛煙家がいる人ならわかってもらえると思う。

 東京の一部などでは野外の喫煙を禁止する動きもある。確かに人口密度の高いところでは嫌う人も多いかもしれないが、かなり極端ではないだろうか。屋内で喫煙して外へ排気すればOKというのも変な話だ。

 愛煙家と嫌煙家の確執が深まりつつある。特に、嫌煙家の側から、愛煙家への差別が正当化されている気がする。正当な理由があるにせよ、互いに共存を考えなくては事態は改善されないと思う。

マナー

 喫煙のマナーは、分煙の時代になって明らかに変わった。ポイ捨てや歩きタバコといったことではなく、会議などの場で喫煙してはいけない時代になっている。

 かつては会議中のタバコも文化だったもので、発言に困る場面になるとそれぞれタバコに火をつけたのだと言う。おもしろい使い方だ。

 しかし現在では、公共の空間での喫煙が禁止されているこのご時世に、まじめな会議や対談中にタバコをふかすのはNGだろう。対人マナーは守ってほしい。

 一方で、海外にある葉巻や水タバコなど、主に香りを楽しむものは、もう少し日本にあってもいいんじゃないかとも思う。タバコといえども、種類や場面は多様なものだ。

語り合うこと

 このコラムにはあまりまとまりがない。タバコに関して、あれこれ話題を提供したくらいのものだ。けれども、こういうちょっとした問題で友人と語り合うのも面白いと思う。

 タバコに関する考え方は人それぞれで、ここには書かなかったが南北格差のことや環境問題のことや自己責任のことも口にする人がいるだろう。副流煙(喫煙者が出す煙)に対する責任などを考えてもおもしろいと思う。

 いろいろとつっこんで話せば、相手の思想や社会に対するスタンスも見えてくるかもしれない。他人の考え方を知ることができるというのは、それだけで有意義だ。新しい視点を提供してくれる。社会を把握する力になる。

 僕はたくさんの人と語り合いたい。

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